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高貴なる玩具

  • 執筆者の写真: イリス
    イリス
  • 2020年1月29日
  • 読了時間: 3分

  長い長い回廊に足音だけが響き渡る。

石でできた城塞の中はとても広く、しかし人の気配を感じる事は出来ない。

視線をやや上へと向ければ、等間隔で薄っすらと光を齎す蝋燭。

所々に鎮座する石造のガーゴイルは、まるで生きているかのように鋭い眼光を向けているように思える。

 ここはヴェルン皇国。

力ある者だけが生きる事を許され、力ある者だけがこの国の地に足を下ろす事を許される。

いつしか力が支配し、力で人を支配する、この状況がいつから始りいつまで続くのか。

それは未だ誰も知りうる事は出来ない。

 「──何処で油を売ってきた、エルミルよ」

 誰が開けるでもなく、重厚な石造りの扉が鈍い音を立てながらゆっくりと開いてゆく。

間をすり抜ける様に一人の男が王の間へと足を踏み入れると、重厚な絨毯の向こうに鎮座する髭面の男が名を呼んだ。

 「なぁに、ちょっと鼠と戯れてきただけサ」

 ニタッと笑ったエルミルと呼ばれる男に、髭面の男が訝し気な視線を向けたかと思えばふん、と鼻であしらう。

だが何かを察したか軽く首を傾げ、

 「その鼠とやらは嘸かし美味いのだろうな?」

 「──!駄目だよ兄さん。兄さんじゃ食い散らかした後、魔人兵の中に放り投げるだろう?僕は鼠を転がして遊んできただけなんだからサ、簡単に食い尽くしたらつまらないじゃないか。ま、その鼠が魔人兵の中から僕の所にすり抜けてきたらまた遊んでやるけどね」

 大袈裟に肩を上げてお道化て見せたエルミルに、髭面の男、皇帝シュレッガーが呆れたように溜息を一つ吐き捨てた。

何かを思案するようにエルミルは自らの持つ杖を数回手の平で弄ぶと、数時間前の光景を思い出したか、ふっと小さく笑う。

そして視線をシュレッガーの鎮座する玉座の横に置かれた、淡く光る花へと向けた。

いつしか出現し、いつしか咲き乱れ、いつしか人を狂わせる魔性の花となったエフィメラ。

ヴェルンの人々はエフィメラによって人体実験を施され、人が人ではなく【魔人】として生かされる者もいれば、その力に耐えきれない者は、生きる事を奪われてきた。

 エフィメラの使い道を見出したのは、ヴェルンの人々でもエルミルやシュレッガーでもない。

だが人を犠牲にしてきた経緯は共通し、最終的にエフィメラは全ての国や人々にとって脅威となった。

使い道を見出した先駆け者であり第一人者は元王位継承権を持っていた変わり者で、たった一人の肉親であり妹であるハリエットを慈しみ大切にしているルーサーと言う男だ。

いつも本に囲まれ研究が趣味と言わんばかりの男が、時に勇ましく、時に慈悲を解い王となった妹を陰で支えるなど、ルーサーと言う人物を表現するには陳腐な言葉では表現できない。

 「────ま、所詮は温室育ちかと思ったけど、変わり者なのは確かだね。あの鼠ちゃんがエフィメラなんか使わず何処まで猫に懐くのか、見物じゃないかな。鼠も躾けたら鳴くのかねえ・・・チュウって、サ」

 クツクツと面白そうに笑うエルミルに、シュレッガーが軽く首を傾げる。

 「自らを猫に例えるか。我は鼠如き、蹴飛ばして踏み潰すだけよ」

 「あーあー、だから兄さんには味見もさせられないんだよ。色恋は僕もどうでもいいけどサ、僕に擦り寄ってきた鼠を手懐けてみるのも一興だよ。次は首に噛み付いてみようかな」


  ────ネズミニシテ、ボクノオモチャ────



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