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不可侵の記憶

  • 執筆者の写真: イリス
    イリス
  • 2020年1月29日
  • 読了時間: 4分

  「君にとってそれが今不必要なモノだったら、外しちゃった方が良いかもね」

 懐かしい声だった。  手入れのされていない汚れ切った床に直に座り込み、服が汚れるのもお構いなしにまだ【人形】だったわたしに話しかけてきた。 たまに鈴の音のような声で笑ったかと思えば、他人事であるはずの話にさえ真剣に悩んで見せたり・・・。 コロコロと表情の代わる不思議なイキモノだと思った。

 「物にはね、魂が宿るんだって。愛着のあるモノほど共鳴し合って、物自体に命が宿る。何か不思議じゃない?」

 わたしには彼女──リュミエーラの言う意味が理解できなかった。 無感情な物に、無機質な物に魂が宿るなどと言うものは、一種の超常現象を意味する。 その殆どはイカサマであり、信じるに値しないものだ。

 「他人から、大切な人からの贈り物を身に着けているとね、その人が自分を裏切ったり傍を離れたりすると、自分と相手に対しての感情がモノに移り込んじゃうんだって。やがてそれがゆっくりと自分の心を蝕んでいくの。最後には──」

 紡がれようとした言葉は、彼女の呼び出し端末の音で途切れてしまった。  「また今度ね」と言ってわたしの傍を離れていった彼女は、二度とわたしの前に姿を現す事はなかった。

 何年経とうとも、アークスシップの残骸置き場は薄暗く冷たい場所だ。 かつてわたしに意識や感情が未無に等しかった頃、何故だかここは心地よい場所だと感じたのだ。 足音すらなく、静かな場所はまるで「死」を意味するかのように。

 シャオと出会ってから随分と経った。 ここにはもう足を踏み入れる事はないだろうと思っていたが、わたしは【あるモノ】を探してここへの立ち入り許可をもらった。 片手には奥深くまで見渡せる強力なハンディライト、残骸をかき分けながらかつてわたしがいた場所へと足を進めてゆく。 朧気にしか記憶にはないが、恐らくはもっと奥・・・。 人目に付かない、誰の記憶からも抹消できるように最奥へと放置されていただろうその場所へ・・・。

 「・・・あった」

 誰に言うでもなく、わたしはぽつりと言葉を零してしゃがみ込む。 強いライトに照らされたソレが反射して、周囲を一瞬幻想的に映し出した。  床に無造作に置かれたソレを手に取り、光に反射していた物が落ちた。 赤黒い石の様なもの、美しくカットされたソレはチョーカーのチャームだ。 皮で出来た部分は、経年劣化と手入れが長年されていない所為でボロボロになっている。  かつて【人形】だったわたしはこれを身に着けていたのだ。

 「モノに魂が宿る・・・ねえ。今ならば、お前の言ったことが理解できる気がするな・・・リュミエーラ」

 彼女もまたわたしと同じ科学者だった。 本来は考古学者と言う道へと進むはずだったと聞いたが、彼女は科学者へと意図的に作り替えられたのだと言う。

 それが、わたしの基であった科学者の手によって・・・。

 わたしの基であった科学者は都合の良い部分だけを植え込むのに長けていた。 言葉巧みに人を騙し、研究材料を奪い、人を奪い、命や尊厳さえも平気で奪ってきた。  彼女自身が作り替えられたとき、わたしと言う【人形】がかつて彼女に手を施したことは、恐らく記憶には残されていないのだろう。 もしもその記憶があれば、わたしは彼女と出会い──今頃は闇の奥底で静かに眠っていたに違いない。

 「わたしは──否、わたしの器は、きっと多くの命を奪ってきたのだろうな。君には見えていたのだろうか、リュミエーラ。多くの魂が、憎悪と言う感情がコレに宿っていた事を・・・」

 劣化で脆くなったチョーカーを見つめ、もう名前すらも無い彼女へと問いかける様に言葉を紡ぐ。 わたしが既に器である人間とは別である事を、彼女は理解したうえでわたしに【人】としての感情を教えてくれていたのだろうか。 喜怒哀楽、悲哀、慈悲・・・、多くの感情はわたしには全て背負えるものではなかったが、わたしを【人形】から【人】に作り替えたのは、紛れもなくリュミエーラだ。

 もしも未だこのチョーカーを身に着けていたならば、わたしは彼らの負の感情を背負い生き続けていたのだろうか?

 「・・・ふっ、滑稽だな」

 否、わたしがわたしである以上、誰にも踏み込ませはしない。 彼らの闇がわたしを深い深い奥底へと引き摺りこもうとするならば、わたしはそれらを飲み込み喰らうだろう。

 わたしは、そう創られたのだから・・・。


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