闇へと還す焔の墓場
- イリス
- 2020年1月29日
- 読了時間: 6分
アークスシップ、艦橋。
特別な任務や呼び出しが無ければあまり足を向ける事の無いこの場所に、珍しい人物からの呼び出しを受けた。
本来艦橋に姿など無いはずの人物は、今目の前のアークスを真っ直ぐに見据えている。
少しだけ大人びた姿へと変わった目の前の人物、宇宙全ての知識を受け継いだシャオと言う少年だった。
「やあファントム。相変わらず無表情だよね、君は」
言葉の最後にやや呆れの感情が込められている事などお構いなしに、ファントムは少年の瞳に応えるかのように視線を合わせる。
ゆっくりとシャオとの距離を詰め、ほんの数歩の所で足を止めた。
「君に来てもらったのは最近の報告状況について。別に何かある訳じゃないんだけど、君からの報告が滞ってるみたいだから」
「・・・報告、ねえ。任務があれば何処へでも赴き、ダーカー殲滅に貢献するのがアークスの務め。以上かな」
「それはアークスの方針であって、報告にはならないよ」
「それ以上でも以下でもない。これがわたしからの報告だ」
少しだけ困った表情で頭をかいた少年を、ファントムは何処か楽し気に見つめてからゆっくりと踵を返す。
「ま、君が他のアークスに害を為すとは思いたくないんだけど・・・。あまりいい噂を聞かないんだよねえ。くれぐれも、だよ?」
不意に首を傾げて見せたファントムは、これ以上言葉を紡ぐことなく艦橋を後にする。
だがシャオの言わんとしている事は理解していた。
ここ数か月の間に何人かのアークスの名前が名簿から消去されている。
全て任務中に起きた不慮の事故として処理されていて、大半はファントムの同行で起きた事だった。
辛うじてい生き残った者の中には、アークスとして活動が難しくなってしまった者もいる。
『アイツはバケモノだ!!』
とある任務では片腕を失くした男がメディカルセンター内でファントムを指差し、叫び暴れた後に息を引き取った。
二班に分かれて任務に赴き、生き残ったのは僅か一人。
ファントムだけがアークスシップに戻ってきた時は流石に周辺から観察などが付けられたが、原因を特定するまでに至らず観察処分も取り消された。
今回シャオがファントムを呼び出した理由はそれらの出来事も含め、数日前の出来事に対しての警告でもあった。
—数日前ー
異様な熱さと独特な臭い。
ごつごつとした岩肌と、赤々しい炎を纏うどろりとした液状の物質。
自然と肌を伝い落ちる汗は暑さからなのか、それとも雰囲気に吞まれた感情からくるものなのだろうか。
ゆったりとした足取りで歩く男は、前を行く二人のアークスの背中をじっと見つめていた。
火山洞窟。
ここはいつからこのような異様な場所として存在し続けているのかは分からない。
好んで行きたい場所とも言い難く、しかし赤々と周囲を照らす溶岩が大地の息吹を感じさせ、一人の男の興味を引き付けた。
「ナベリウスの凍土と言い、火山洞窟と言い、出来れば来たくない場所だよなあ」
「ああ、全くだ」
額を伝う汗を手の平で掬いあげて振り払った男は、ウンザリしたような声で周囲を見渡す。
蒸気が噴出する場所から容赦ない灼熱の熱さが身体にまとわりつき、やせ細った男が強張った表情で後ろを歩く男を振り返った。
「アンタ、暑くないのか?さっきから顔色も変えず、よく平気でいられるよな」
不意に問いかけられた言葉には答えず、男はマグマ溜まりに視線を変えゆっくりと歩きだした。
まるで湧き上がっているような気泡が不気味に映り、赤い川となって地表の亀裂に流れ出す。
どろりとした液体がゆっくりとした速さで流れる様を男はじっと見つめ、不意に何かを感じ取ったのか、辺りをゆっくりと見渡し始める。
『ゴオオオオッ!!』
遠くから轟く、地鳴りのような音。
一瞬地面が揺れる感覚に襲われ、暑さに気を取られていた二人の男が「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げる。
地鳴りのような音は複数回に渡って火山洞窟に響き渡り、時折波動で岩肌が崩れ落ちてマグマ溜まりに落ちてゆく。
「何だよ一体!こんな現象聞いてねーぞ!」
恰幅な男が頻りに周囲を見渡し、細身の男が冷や汗をかきながらその現象を端末を操作して調べている。
やがて音は次第に聞こえなくなり、マグマの気泡がはじける音だけが耳に届く。
「何だったんだ、一体・・・」
「呆けている暇があるなら構えろ、くるぞ・・・」
もはや形を成していない一つの身体を、ファントムは足で蹴飛ばしマグマの中へと押し込んだ。
体内から出た臓器を鷲掴みにし、洞窟内を照らすマグマの赤い光に翳して暫し観察しているとー
「!」
足首に何かが絡まる。
視線を下へと移せば、這いつくばりながら身体を起こそうとする男がいた。
腹や背中には鋭利なもので突き刺されたような傷口、僅かな距離を這ってきたであろう地面には赤い道が出来ていた。
「き、さまっ、ハぁっ、ハッ・・・」
意識朦朧としているだろう男はそれでもファントムの足を掴んでいた手に力を込める。
「おや、もう限界なのかな?アークスは屈強な身体を手にしたイキモノなのだから、もう少し頑張ってみたまえ」
「・・・な、ん、だとっ、同じ、アークスならっ・・・ハッ、なか、ま、を・・・たす、け、がっ・・・」
途切れ途切れの言葉。
彼の言葉に何か引っかかったのか、ファントムは小さく首を傾げた。
「仲間?君にとってアークスとやらは皆、君の仲間なのかね?だとすればそれは君のとんでもない傲慢だ。君の言う【仲間】は君を助けてくれるかね?君の代わりに命を差し出してくれるかね?君の仲間は—」
言葉を区切り、徐に手にしていた臓器を彼の目の前にぐしゃりと落とした。
「ヒッ」と息をのむ音がしたが、落石の音で直ぐにかき消される。
「君を助けもせず、先に逝ってしまったねえ。君よりも前に楽になってしまった。薄情だとは、思わないかね?」
「アイツを、悪く、言う、っじゃ、ねっ・・・」
「そう、そうやってのたうち回る姿を見るのがわたしの楽しみなのだからね。・・・そうだね、君がここまで辿り着けたら、君の言う【仲間】とやらになってあげようかな」
掴まれていた足とは逆の足で軽く蹴り上げ離し、後方へ五歩退いてから両手を二回叩く。
口角が上がり行為そのものが癇に障ったのか、瀕死の状態の男が必死にファントムの許へと這い出した。
もはや痛みなど感じていないかも知れない、体内から溢れ出る命の源は地面に水溜りを作り出す。
あと少し、もう少し・・・。
這いつくばった男が力を振り絞るようにファントムへと顔を上げた瞬間—
────ガラガラガラッ!
先程の戦闘で出来たであろう亀裂が大きく割れ、洞窟の天井から無数の岩が男の身体に覆いかぶさった。 呻き声一つ上げず、岩の下敷きになり潰れた彼の身体はもう見えない。 隙間からは彼の物だろう、命の源である体液が地面へと広がっていった。
「・・・ああ、残念だったね。生死にアクシデントはつきものだよ」
—わたしは 【仲間】ではないのだから—
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